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ハル・ホール氏講演

第一回全日本エンデュランス競技大会記念特別講演会

「エンデュランスと私-30年の体験を語る」
            ハル・ホール(Hal V Hall)
 時:2000年9月23日
 所:北海道鹿追町、鹿追ライディングパーク

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テビスカップの難所クーガーロックを登るHal Hall 。1974年、19歳で初優勝した時のもの

はじめに

 記念すべき第一回の全日本エンデュランス競技大会にお招きいただき、大変嬉しく思います。このスポーツの立ち上げに尽力された方々、また選手として出場される方々にとって、これは非常に大きな意義を持つことだと思います。妻アンも私も期待しております。

 

 1996年の夏、楠山薫二郎さんを団長とする6人のグループが太平洋を渡ってアメリカに来られました。
 彼らはカリフォルニアの美しいシエラネバダの山に来たわけですが、その目的は、まず第一にテビスカップの1日で100マイル(160㎞)を走るというレースを見学すること、第2にそのコースの一部を実際にエンデュランス馬に乗って走ること、第3に長距離騎乗競技一般について専門家から色々な教示を受けるということでした。

 

 次の年1997年にも楠山さんの熱意に動かされ、このエンデュランスを本気で広めようという方々が日本からまた訪ねていらっしゃいました。その時にお会いしたのが新庄武彦さんです。新庄さんはご存知のように先頭に立ってこの競技の普及にご尽力なされてきました。アンと私はこのお二方ならびに今回この第一回大会の場に来られた方々にお祝いの言葉を述べたいと思います。

 

 今まで数年間、アンと私は日本からエンデュランスを学ぶために来られた方々のお世話をしてまいりました。これらの方々は、テビスカップの完走者に与えられるバックルを持って帰りたい、あるいは他の80㎞、160㎞を完走、あるいはFEIの競技会出場資格を取りたいということで来られていました。その後1998年12月にはアラブ首長国連邦で開催された世界選手権に初出場する日本チームのお手伝いをすることもできました。

 

 今日ここで私どもが長距離騎乗に賭けてきた30年間の経験についてお話させていただけることは大変嬉しいことです。

 

 エンデュランス競技について考える時、色々な疑問が沸いてくることと思いますが、少しでもお答えしたいと思います。スーツケースにあふれるほどの資料を持って参りました。テビスカップに関する資料、エンデュランス関係のパンフレット、ビデオ、本、特殊食品などです。どうぞ後程ご遠慮なく見てください。

 

2 エンデュランス・ライディングとは?

 

 定義では50マイル(80㎞)から100マイル(160㎞)を1日以内で1人のライダーと1頭の馬で走ることとなっています。5日間で250マイル(400㎞)というマルチデイレースも行われています。

 

 ギリシャの詩人ホメロスは、叙事詩オデッセイの中でこう述べています。「休みが多すぎるのは苦痛だ」。エンデュランスを実際になさると分かると思いますが、休んでいる暇はないわけです。また、このスポーツを行うことで若さを保てるでしょう。

 

3 その歴史-馬とライダー、昔と今とどちらが強い?

 

 エンデュランスについて話をする時に、テビスカップの1日100マイルの話をしないわけにはいきません。
 テビスカップはご存知の通り、現代のエンデュランスの最初のレースとして知られています。
 この起源は1950年2月にさかのぼります。アメリカの有名な馬雑誌「ウエスタンホースマン」を御存じの方もいらっしゃるかと思いますが、この中に手紙が掲載され、ビル・スチュワートをいう人が、アラブ馬のことを非難してこう書き記しています。
 よくアラブ馬は、最高の馬で、長距離で最高のパフォーマンスを発揮するといわれているが、そんなことはない。
 スチュワート氏の主張していたことは、彼の山育ちのサラブレッドの半血のセン馬はかつて81マイル(130㎞)を7時間と10分で走ったことがある。次の年、127マイル(203㎞)を12時間と10分で走ったことがあるということでした。そして彼は、アラブ馬のオーナーたちが言ったり書いたりしていることは信じない。俺のサラの雑種を見ろ、アラブ馬からの挑戦を受けようじゃないか、50-200マイルまでどれくらいの距離でもいい、金・商品などいかなるものを賭けてもいいぞというのです。

 

 「ウエスタンホースマン」の次の号に、カリフォルニア州オーバンの実業家ウエンデル・ロビーからの手紙が載りました。自分のアラブ種のスタリオンでこの挑戦を受けるというものでした。そしてロビーはチャレンジャーとして自分がトレイルを選ぶ、日程はスチュワート氏の都合の良い日でよいとしました。

 このロビー氏が提案したルートが有名な開拓者のトレイルであったネバダとカリフォルニアの間にあるタホ湖からオーバンに至る距離100マイル(160㎞)です。掛け金として初めに彼が提案したのは200ドル、その後1500ドルまで増額されました。「ウエスタンホースマン」誌にこのやりとりが掲載されましたが、このレースは実現しませんでした。それというのもスチュワート氏からの反応が無くなったからです。

 

 ウエンデル・ロビーは1日で100マイル走れるということに確信を持っていました。というのは、彼がアリゾナ州ベンソンという小さな町で父親が経営する材木業を手伝っていた時、町の子供が病気になり、そのため最寄りの大きな町ツーソンに薬を取りにいかなければならないことがあったからです。この子を助けるために薬を取りに行くための期限は1日、距離にして80マイル(128㎞)ありました。

 

 ロビーはまた馬のタイプおよび歴史的役割について色々研究もしていました。そして、歴史上のエンデュランス馬とライダーについて深い知識を持っていました。彼のこの知識とアリゾナでの経験が、後日、友人たちとの議論のきっかけとなるのです。

 

 それは1955年の春のことでした。ロビーはサクラメント群警務隊に勤める馬乗りの友人たちとアメリカンリバーに沿って乗馬中でした。色々話をしているうちに、彼らが今乗っている馬、すなわち1955年当時の馬というのは、かつてのテキサスのカウボーイのキャトルドライブ用の馬やポニーエクスプレスのライダーが乗った馬や、合衆国騎兵隊の馬に比べて果たして負けない馬なのかということです。それと同時に馬乗りたちも昔に比べ勝っているのか劣っているのかという話になりました。

 

 そして、試してみようじゃないかたいうことで賭けが始まり、勝ったものが掛け金全部を賞金として受け取ろうじゃないかという話になったのです。
 コースはロビーが選ぶことになりました。というのは彼がまだ若かった頃、1931年の秋に他の仲間と一緒に自分で旅をして印をつけた所だったからです。そこはかってワショー属のインディアンや砂金堀りの人たちがゴールドラッシュで通っていた所でした。今日ウエスタンステーツ・トレイルとして知られるこのルートは峻嶮なシエラネバダの山脈を越え、タホ湖を通り、カリフォルニアのオーバンに至っています。

 

 この約束の日、1955年8月7日、朝5時に5人のライダーがタホ市を出発し、スコーバレーを通り抜け西へ向かいました。それぞれが郵便物に切手を貼ったものを持っていました。彼らはその日、一日中走り続けたのです。この間、定期的にカリフォルニア大学の獣医師のチームが馬の健康をチェックしていました。この夜はコマンチインディアンがライディングムーンとよぶ、一年で一番明るい満月が輝いていました。翌朝4時17分、ほぼ一昼夜を走り続けて4人のライダーがオーバンに到着、町の郵便局の局長が彼らの郵便物に消印を押し、完走の証明としました。かくして現代のスポーツとしてのエンデュランスが始まったのです。

 

 翌1956年、11人の出走者の中に3人の女性が入っており、彼女たち全員が完走しました。1959年にテビスカップの実際のカップが寄贈されるようになりました。これを最初に獲得したのはネバダ州のカウボーイでなんとサラブレッドの半血種でした。1961年に女性として初めてテビスカップで優勝する人が出てきました。アラブ種のセン馬に乗っていました。

 1964年にトップ10でゴールしてきた馬の中から一番体調の良い馬に贈呈されるベストコンディションホース賞のハギンカップが贈呈されるようになりました。当初5人で行われたレースから10年もしないうちに参加者が100人を超えるようになり、それから全米各地で色々な形のエンデュランスが行われるようになっていきました。そうしてテビスカップは世界のエンデュランスレースのモデルとなっていったのです。

 

 今年のテビスカップは7月14日に行われ、259人のライダーが走り、約50%のライダーが険しいルートを完走しました。過去45年のテビスの歴史の平均完走率は56%です。

 

4 長距離騎乗の魅力
 こういう古い諺があります。There is no better way to see the world from the back of a horse.「世界を見るのに馬の背中からに勝るものはない」。またThe outside of a horse is good for the inside of a man.「馬の外側にいることは人間の内側に良い」という言葉もあります。チャーチルが言った言葉ですが、馬に乗っていることは人間の精神に良い影響を及ぼすといった意味だと思います。

 

 今日、北アメリカでは年間700以上ものエンデュランスレースが行われ、何千人ものホースマンが楽しんでいます。この競技に取り組む人たちは、完走を目指す場合でも、勝ちを狙う場合でも、この競技によってスタートラインに立てることを喜び、またその挑戦を得難い経験として楽しもうとしています。

 

 ウエンデル・ロビーが1955年に100マイルを完走し、これをきっかけに一つの新しいスポーツが誕生したわけですが、同時にトレイルの保存、それによって素晴らし景観の保全、人跡未踏の大自然を保存しよう、パイオニア精神・開拓者の経験といったものを伝えようということにもなったのです。ロビーはこのように考えました。エンデュランスを自然の中ですることでアメリカの人々が忘れかけてしまったシンプルライフというものを取り戻し、自然を慈しむという心を持つことが出来る。また歴史を見直し、馬と共に自然の中で楽しむ心を持つことが出来ると。しかしロビー自身は常に勝ちを狙うタイプでした。

 

 私はかつてロビーが言っていたことを憶えています。

 

Add more years to your life.あなたの人生により多くの年月を加えよ。(すなわち、長生きせよ)。
More life to your year.あなたの生きた年月に命を与えよ(すなわち、人生に意義を与えよ)。
Ride a horse. Really ride.馬に乗れ、とことん乗れ。

 

 また、彼は短いけれどもパンチのあるこういう詩も作りました。

 

Worth marks the Rider
There all honor lies;
Not content with well or better,
For he has raced 100 miles the Winner.

 

そのライダーを讃えよ、すべての名誉がそこにある。最上級の言葉をもって讃えよ。彼は100マイルを走り勝ったのだから。

 

 私が思うに、この日本という国では、世界のその他の地域で行われるようになったこのエンデュランスが実際に活発に行われるようになるでしょう。それは試合の勝ち負けだけでなく、美しい自然を馬上から見直す手段としても行われると思います。


5 ライドかレースか?

 

 この長距離騎乗を楽しむ人々にはいくつかタイプがあります。家族で楽しむレクリエーションとして捉える人もいれば、これをコンペティティブな競技と捉える人もいます。あなたがライダー(このスポーツをする70%の方々だと思うが)、または勝ちを狙っていくレーサーであっても、そのどちらもがこのスポーツの持つ体力的な挑戦を体験することとなるでしょう。

 

6 ホースマンシップの試金石

 

 アメリカでは、エンデュランスはホースマンシップの大学院コースだと考えられています。数年前ナショナルジオグラフィックのテレビ番組がテビスカップを取材することとなりました。その中で私はこのように言いました。
「シエラネバダの山並みは見るには美しいが、準備の足りない者には容赦ない」。
 その番組で私をインタビューしたボイド・マトソン氏がこう言いました。
「準備が足りない者?それは僕のことだよ。テビスカップどころかエンデュランスをやったことが無いんだ。これは僕にとって大変なアドベンチャーだね」。
そしてこの経験と知識の無さがどういう結論になるかカメラが1日追いかけ、克明に報道することになったのです。
 馬に長距離乗ったことがない人間が乗るのです。彼自身より馬に相当な負担を与えることになったのです。その番組の最後で彼はこうつぶやきました。
「一番長い時間、馬に乗っていて、一番短い距離しか進めなかった奴の賞を出してくれ」。
 このマトソン氏の経験が示していると思うのですが、エンデュランスのプログラムにおいて成功するために考えなければならないことはいくつかあります。

 

7 エンデュランス競技馬の選び方

 

 選択の基準は色々あります。まず評価は馬の蹄から始めなければなりません。家の基礎と同じで足のしっかりしていない馬では始まりません。有名な諺に「蹄なくして馬なし」があります。蹄を見れば問題の多くが起こってくるのも分かるし、実際に起こるのです。当然脚の部分も同じです。非常にこのスポーツは厳しいものですから、馬の体格といったものを慎重に選ばなければなりません。

 

 色々障害となりそうなサインを見落としてはならないのです。馬の動きを良く見てください。馬を行きつ戻りつさせたり、サークルを右回り左回りに動かしてみましょう。速歩、穏やかな駈歩など色々な歩様で見なければなりません。
 蹄を持ち上げてみて、蹄壁はなんともないか、丸み・角度は問題ないか、指を肢に沿って走らせてみて、傷はないか、腫れている所はないか、異常はないかチェックしなければなりません。その馬をリラックスした状態で立たせてみなければなりません。これはハンドラーが写真を撮るときのポーズではなく、自由に立たせた格好で見るためです。この様な恰好をすることによって、その馬の本当の姿を知ることができます。

 

 当然、馬の体格、体高も問題になります。それから骨の長さ、蹄の角度、肩のアングルに比べ蹄の角度はどうなっているか。
 あるいはフレクションテストというものですが、前肢をぎゅっと曲げてパッと離し、歩き方をみるテストをしなければなりません。この様な購入前の検査は資格を持った獣医師と共に行うのがよろしいかと思います。
 この様なことにより、理想の馬をコンフォメーション、動き、サイズ、肢などから判断していくのは当然ですが、すぐには分からないもの、それが精神的な強さというものです。そしてこれは数年後に実際に本格的に競技を始めてみなければ分からないのです。

 

 このように理想の馬を見つけるのは困難で、非常に時間がかかるものです。すぐれたエンデュランス馬といったものは、いつもバイヤーの手に入るとは限らないのです。アメリカの場合もそうですが、多くのアラブ馬のブリーダーが売り出す馬というのは、ショーホースとして賞をもらえないタイプの馬の場合が多いのです。
 また別な例としてラッシュクリークランド&キャトルカンパニーがあげられます。ここでは何百頭ものアラブ馬を飼育していて、彼らの経営する8つの牧場でお客を乗せて牛追いの仕事をするのに使っています。永年にわたってここはアメリカ中西部で育った荒っぽいアラブ馬の供給先として知られていました。しかし、ちょっと考えれば、ここから売りに出された馬たちというのは、そこのカウボーイたちが自分たちの仕事に使いたくない馬だということが分かると思います。

 

 しかしエンデュランス競技の人気が出て、馬の需要が高まってくるにつれ、ブリーダーたちは良質な馬を供給するように努めるようになってきています。これらの馬は優れた血統に加え、しっかりとした骨格、引き締まった筋肉、大きな胸囲、前腕と管の適切な比率を持っています。ブリーダーたちは、パフォーマンスを証明された血統の馬を生産しようとしているのです。このように、さらに多くの優れた競技馬が生産される可能施が見えて来ているのです。

 

8 どの種類の馬がベストか?
 
 このように言われることがあります。「人間は神の創造物の中で一番高貴なもの。すべての動物の中でアラブ馬は一番高貴なもの」。
 これもアラブの諺で「馬というものは、追跡するにも乗って逃げるのにも良くなくてはならない」。
「翼なくして飛べねばならない。その背中に富みがある。そしてその馬は風を味わうもの“drinker of the wind”である」。
 アラブ種の馬がこのスポーツに最も適しているといわれ、実際70%がアラブ系の馬ですが、その他の馬でも非常に良い成績をあげています。いくつか例を挙げてみましょう。

 

*アパルーサのセン馬が1969年のテビスカップのベストテンに入り、ベストコンディション賞のハギンカップを獲得しています。
*2頭のラバが1974年と98年にトップテンに入りハギンカップを獲得しています。
*一番多くテビスカップを完走した記録を持っている馬はクオーターホースの牝馬です。
*1959年にサラブレッドの半血種のセン馬がテビスカップで優勝しています。
*1960年にムスタングのセン馬がテビスカップで優勝しています。
*つい先月のフランスのFEI世界選手権でロシアのオルロフ種が完走しています。

 

 アラブ種の馬というのは、馬の世界の貴族階級と考えられ、それは現代も歴史を遡ってもそういわれています。
 このアラブ馬の特色は、小ぶりに引き締まった鼻先、尖った耳、深い頬、短い背中、スレンダーであるが強い脚、大きな胸囲、強い筋肉、がっしりとした肋骨といわれています。
 このアラブ馬というのは自分たちが生き残るために、何世紀にも亘って水や食べ物が少ない所で生存する努力をしなければなりませんでした。さらにこういう場所は、砂漠の中で餌と餌の場所が離れており、嫌でも長距離を移動しなければならなかったのです。これがこの馬に非常な耐久力、骨の強さ、大きな心臓、非常な注意深さ、高い知性と勇気を与えたのです。これこそ中東の砂漠で生き残るために必要な特徴だったのです。

 

 アラブ馬はその他の動物と同じように環境の産物です。アラビアにおいてアラブ人のブリーダーたちには何千年にも亘ってこの優れた馬を生産する理由がありました。
 馬を持つ者の生存がかかっていたからであり、それが現代に至るまで受け継がれているのです。アラブの国ほどに彼らの、その素早い動き、耐久力、頑健さ、穏やかな気性、人に対する親密さを讃える所はありません。何世紀にも亘ったこのような馬の特徴の保存の努力が結実したというわけです。
 アラブ種の馬の優れた特質が他の馬にも引き継がれています。アラブ種がその他の馬より良いエンデュランスで有名になったのは驚くに値しません。アラブ馬たちは、他の種類のより大きな馬より、重い物を乗せて長時間走り続けることができるのです。

 

 私の最初のテビスカップへの挑戦は1969年でした。14歳でまだほんの子供でした。
 初めてテビスに出た時はどうだったか、今でもよく聞かれます。
「失敗した。本当に惨めな負け方をした」と答えます。
その時、私はカウボーイブーツを履き、ブルージーンズにウエスタンサドルという恰好でした。猛暑の中でもあり、うまくいくはずが無かったのです。しかしその段階では、何をどうすればいいのか全く分かってなかったのです。きちんと準備をしていなかったし、そのトレイルがいかに難しいかも心得ていなかったのです。その段階でこの競技をあきらめ止めてしまうことはたやすいことでした。
 しかし私はテビスにもう一度チャレンジすることを決意したのです。
 その年の夏から秋にかけて、自分の馬を鍛えるために猛練習をしました。テビスのコースを何度も走り、すべての曲がり角を暗記するくらいコースに精通するようにしました。
 そして冬の間は馬及びホースマンシップに関する本を手当たりしだいに読みあさりました。そして翌1970年、春のトレーニングも注意深く組み立て実行し、夏のテビスに臨んだのです。私はクオーターホースの牝馬でテビスを完走し、完走者に与えられるバックルを手に入れることができました。しかし、このレースを通じ、私はもうひとつの教訓を得ました。自分には新しい馬が必要だということ、アラブ馬が必要だということを。

 

 1971年にアラブ種の馬を手に入れるために、アメリカ大陸を半分横断する旅に出ました。アメリカ中部、大平原の牧場地帯、ネブラスカ州に馬を探しに行ったのです。
 いくつかの牧場を廻って、自分がエンデュランス馬はこうあるべきと思っている、まさに体格と性格を備えた馬を探し当て、帰ってきました。
 やっと巡り合った友と共に挑戦の時が来たのです。翌1972年のテビスカップで僅差で2位になることができました。
 その時、一人のベテランライダーが私に近づいてきました。彼は私を祝福した後、いくつかのアドバイスをくれ始めました。彼が言わんとしたことを手短に言うと、このエンデュランスというスポーツを効果的にするには、人馬共に体力と勇気が必要で、長時間のハードなトレーニングと訓練が必要だということでした。
 彼のアドバイスを受けながら、私はこのように思っていました。「2位というのは悪くないぞ」。実際、私の馬はその後設けられたベストコンディション賞をもらってもいいくらいの状態でした。彼のアドバイスを半分聞き流していたわけですが、ひとつだけ印象に残った言葉がありました。
「あー、しかしだな、優勝しようと思ったら賢くなきゃいけない」。

 

 勝つために人は賢くなくてはならない。彼のこのアドバイスは、その後も私に影響を与え続けました。これは常により良いホースマンでなければならないということだと思います。また決して栄光の上に甘んじてはいけません。そして、より良いホースマンになるためには、そのトレーニングは徹底した厳密なものでなければなりません。
 何よりもあなた自身にも、あなたの馬にとっても役立つものでなければなりません。
 この努力をするという部分がこのエンデュランスの一番の魅力であり、私が今日まで続けている理由です。これまでに新しいことを学ばなかった年はありませんでした。
 新たなことを学ぶことが無くなった時は、この競技を止めるときだと思います。
 1972年に私は、このベテランの方のアドバイスを聞き、それを受け入れたのです。その後、馬と私は非常な猛トレーニングをあらゆる分野について行いました。
考えられる全ての準備をしました。そして1974年の夏、ついにテビスの優勝カップを我々は手に入れたのです。19歳でした。これがその時のバックルです。

 将来の完走を目指し、若くて経験の無い馬の訓練を始めるのは楽しいものです。非常に慎重に訓練を行っていくのですが、呼吸器系の強化だとか色々な部位の強化を行います。馬の年齢、成熟具合も考慮に入れなければなりません。本番に合わせて、一体どういうものがトレーニングのプログラムになるのか、考えなければなりません。筋肉に力を入れるのか、呼吸器系に力を入れるのかによって訓練メニューが変わってきます。

 

 経験から、このような訓練をして競技に出られるようになるには3年はかかります。しかしこの段階でも50マイル(80㎞)レースに実際に出場するようになるまで、その馬の精神的強さはなかなかわかりません。

 

 競技会への準備として、日常の記録を書き留めることをお勧めします。エンデュランスネット社が出すエンデュランスライド・ジャーナルという記録帳が市販されています。
 馬のコンディションや、獣医や装蹄の記録を書き留め、競技会に際しての馬とライダーの必要なチェックリストが掲載されています。
 経験者にアドバイスを求め、訓練のための綿密な計画を立て、頑張ってそれを実行し、その過程を楽しんでください。

 

 馬の食事や栄養の話をせずに、ここでトレーニングの話を終わるわけにはいきません。

 エンデュランスで使う餌は特別なエネルギーを必要とします。車のレースも特別の燃料を使うように馬も同じなのです。
 馬の栄養については、色々な人が色々な説を唱え、実施していますが、一つ確かな事は、ハードワークの馬にはバランスのとれた栄養を与える必要があるということです。
 参考書を一冊お薦めします。Kentucky Equine Research(ケンタッキー馬学研究所)のDr.Steve Duren(スティーブ・デュラン博士)はA Concise Guide to Nutrition in the Horse「馬の栄養ガイド」という有名な本を書いています。
 この他にも馬の栄養について書かれた多くの本がありますが、研究者によるものであり、ライダー自らが書いたものは無いようです。

 

 特に試合の前の厳しいトレーニングや実際の競技会で馬が無酸素運動を行っている時は、特別に配合された飼料が必要です。これはエネルギーに変えやすいもので、長時間持続するものでなくてはなりません。これらの飼料は非常に消化しやすい繊維ならびに十分な水分、電解質を含むものでなければなりません。またビタミンEとセレニアムの補給も大事です。レースの時には普段以上に脂肪分を増やすことも必要です。

 

10 競技中の馬のケア

 

 エンデュランスの競技中は、常に十分は水分と栄養を与えてください。途中で水を飲めるチャンスがあれば、必ず馬に飲ませてください。そして獣医チェックやレストポイントでも湿らせた高カロリーの麦やフスマなどの餌を与えます。

 

 難コースのレースで暑くて湿度の高い時は、非常にエネルギー消費が高くなります。あまり飛ばしすぎず一定のペースで走ることが必要です。馬の首や脚に水をかけて冷やしてあげ、それによって体温の調節を行い、馬体の回復を促すことになります。しかし体温の上がった馬に冷たい水を一気に大量に飲ませてはなりません。湿度の高い時は馬にかける水に蒸発を助けるためアルコールを混ぜることもあります。

 

 電解質についての知識を深めれば深めるほど、エンデュランスレースで完走できる確率が高くなってきます。また、レースの後、馬が疲労から早く回復する手助けになります。この電解質の補給は大変重要です。電解質は体細胞の再生に必要です。これは体内の酵素の多くの大切な機能--疲労回復や、エネルギー変換や細胞の成長、消化や治癒能力を高めるなどのために必要です。
 あなたの馬が非常に長時間にわたってレースやトレーニングで汗をかいた時、失った水分と共に塩分(電解質)を補うことはとても大事です。馬は通常の食事からでは、失われた電解質を充分に補給することができません。脱水症状、疲労困憊、熱中症、こむら返り、歩様が伸びなくなるなどの色々な症状は電解質の不足によって起こるのです。

 

 常に無理をしない、飛ばしすぎないことが大事です。特にそれが厳しい山坂の時は注意しなければなりません。腱・靭帯の損傷、関節の痛みなどが起こりやすくなります。シップや水を使った治療を良く行います。氷で冷やすことも50-100マイルレースでは必要になります。一度に20分以上冷やしすぎないことが大切です。
 それから筋肉の使い過ぎにより、良く起こる問題がタイ・アップ tying -up (麻痺性筋色素尿症)です。これは馬に無理をさせると起こります。安定したペースで走り、馬とライダーが快適な状態で走れるようにしてください。

 

11 競技中のライダーのケア

 

 ボーイスカウトのモットー「備えよ常に」はエンデュランス競技にも当てはまります。

 

 水と栄養補給が馬に必要なように、ライダーにも必要です。電解質を含んだ飲料水とパワーバー(シリアルを棒状に固めた携帯食)をエンデュランスライダーはよくサドルバッグに入れています。自分の馬の心配はするけど、自分自身の飲食について心配を忘れがちなライダーは疲労の結果、騎乗バランスが悪くなり、馬を疲弊させることになるということが良くあります。

 

 楠山さんはテビスカップに選手として来られた時、休憩時間に特別に取り寄せたお寿司を食べていました。楠山さんにとって必要なエネルギーを摂取するのに、ハイテク・パワーバーより寿司の方が良かったのでしょう。今までエンデュランスに参加して競技中に寿司を食べている人を見たのは初めてでした。

 

 バランスよく馬に乗るのは非常に大切なことです。長時間速歩を続ける時には、定期的に馬の手前を変えてください。これは慣れないとなかなか難しいかもしれませんが、大事なことです。特に傾斜のきつい所では定期的に手前を変えることで、一定のペースを保ち、馬の勢いも維持できるのです。バランスについてもレッスンを専門のインストラクターから受けるとよいでしょう。

 

 ライディング中、快適に過ごせるよう、服装を工夫してください。着脱によって体温の調節をしやすいよう重ね着してください。一般的には濃い色より薄い色のほうがいいです。乗馬ズボンは膝の部分を補強したタイツ、または普通のスポーツタイプを着用する人が増えています。首には埃避けのバンダナをまき、腕時計は暗闇で光るものをしましょう。軽量のジャンパーかウインドブレーカー、ヘルメット、そしてサングラスも必要です。新しいものを使う時は、必ず事前に使いならしてください。

 

12 エンデュランス競技用の馬具と装備

 

 馬具は馬のパフォーマンスを高めるものでなくてはなりません。一番高いものである必要はありませんが、他の商品同様、良いものは概して値がはるものです。
 エンデュランス用の馬具は他の乗馬スポーツで使用する物以上に頑丈で完璧にフィットするものでなければなりません。長時間・長距離乗らなければならないからです。
作られている素材は、熱が発生するものでなく、こすれて馬体を擦りむくような物でもいけません。

 

 鞍は馬具の中で一番高価なものです。いうまでもなく、鞍は馬と乗りての双方に完璧にフィットするものでなければなりません。

 

 鞍骨 saddle treeは馬のキコウを痛めないよう充分な幅が無ければなりません。しかし広すぎて鞍が馬の背骨を圧迫するものでもいけません。馬の背中に置いた時に鞍骨と背中の間に空間が開かず背中のカーブに添っていなければなりません。実際に鞍を付け、常歩・速歩・駈歩で少なくとも30分、馬が汗をかくまで運動させます。その後、鞍を取り除き、馬の背中で汗がどのようなパターンを描いているかを観察します。均一でなかったり、乾いているスポットがあれば鞍が良くフィットしていないのです。サドルフィッターという道具は馬が静かに立っているときの状態しか測定できません。馬の背中は人を乗せているときには変形しています。ただ立っている時と動いている時とでは形が違うのです。

 

また、鞍のアブミ革がまっすぐ下に降りているか、鞍のどの部分からぶら下がっているかを良くみてください。ウエスタンサドルによく見受けられるのですが、アブミ革が前に付き過ぎている鞍は長時間乗り続けるエンデュランスには不向きです。

 

 スエード皮のフェンダーやシートは脚を擦りむくことがあるので注意が必要です。

鞍がどのくらいライダーの身体の動きを制限するかにも注意を払ってください。オーストラリアン・ストックサドルのように、身体を固定しすぎるものは長時間の騎乗には不向きです。また反対に座面のフラットな鞍はサポート感が無く、乗っていて不安定なものです。

 

 スポンジをどこに付けるか、水筒をどのように持っていくか、サドルバッグはどのように固定するかも考えましょう。

 

 サドルバッグには適切で必要なものを入れましょう。イージーブーツ(落鉄の際、蹄に履かせるプラスチックのブーツ、車のスペアタイヤにあたる)をどこにぶら下げるかなども大切なことです。これらの小物をぶら下げるしっかりしたDリングが鞍に充分な数ついていなければなりません。サドルバッグはバタバタせず、きちんと固定できるものを選びましょう。

 

 馬体の面積がどれくらい鞍で覆われているかも大切なことです。体温を発散させるためには少なければ少ないほど良いのです。しかし寒い日には、休憩時に馬の腰から尻の部分を覆ってやることを考えなければなりません。

 

 鞍を馬の背のどこに置くかも大切な事です。鞍は肩甲骨の付け根の後に方の動きを邪魔しないように置き、ムナガイとシリガイで前後にずれないように調節します。このような点に注意し、長時間のレースの間に鞍ずれによる鞍傷を防ぐことが大切です。

 

 こちらに展示してある鞍は、イタリアのポーディアム社がエンデュランス用に特別に開発したものです。
 特徴としてはサドルカバーを取り換えることができる、ニーパネルとカーフパネルが交換可能。数多くのDリング。ラテックスの素材でできたSimpatex社製のパッドなど。これは馬の皮膚呼吸を妨げず、簡単に水洗いできるものです。

 

 サドルバッグには適切で必要な物を入れましょう。イージーブーツ、水筒、電解質、選手カード、踵用の軟膏、裏堀りピック、ポケットナイフ、ライダーの食べ物など必要と思われる物を持ちます。エンデュランスには常に状況に応じた適切な道具を準備して持って行く必要があります。

 

13 ハートレートモニター(心拍計)

 

 最後に心拍計についてお話しましょう。テクノロジーの進歩により、多くのエンデュランスライダーが心拍計を使うようになってきました。最近の心拍計は性能の良いものが増えています。コードを使わず、馬体に付けたセンサーから腕のモニターへと無線で情報を飛ばすものが出てきています。心拍計を通してリアルタイムで情報を知ることができ、人間の陥りがちな誤りを防ぐこともできます。心拍計の効用をあげてみましょう。

 

 1 馬のバイタルサインをモニターできる
 
 馬が休んでいる時、運動中あるいは運動後の心拍の急激な変化により、怪我などのアクシデント、隠れた病気などの問題が把握できます。不規則な心拍なども把握でき早めに重篤な疾患を見つけることができます。競技続行が可能かどうかを運動後の心拍の戻りによって判断できます。

 

 2 馬がどれだけハードに運動しているかが分かる

 

 一般的に心拍数が高いほど、馬はハードに運動しているといえます。トレーニングセッション毎に心拍をモニターしていると、(1)それぞれのセッションが馬にどれだけのストレスをかけているかが正確に分かりますし、(2)馬がそのセッションをどのようにこなしているかが分かります。トレーニングの集中度と強さは訓練のプログラムにおいて最も大切なことです。
 強すぎるトレーニングを長く行いすぎると、怪我や過労を招きます。反対に弱すぎればトレーニング効果が上がりません。

 

 3 馬の体力の付き具合が分かる

 

 運動時と運動後の心拍数によって馬の体力の付き具合が分かります。一定の速度で走行させた後の心拍数はトレーニングをつむと下がってきます。また運動後の心拍の戻りも早くなってきます。

 

 4 インターバルトレーニングの際の心拍の戻りをモニターできる

 

 馬の体力をつけるため、インターバルトレーニングの方法が取り入れられています。インターバルトレーニングで大切なことは、負荷の強さと、インターバルの取り方です。だいたい回復のため3-5分間の休息で心拍が100以下に下がることが大事です。
 これ以上の数値だと負荷が強すぎるのではないかと判断できますし、馬のリカバリーの時間をもう少し長く取るべきだということが分かります。

 

 5 あなた自身のホースマンシップを高めることができます

 

 心拍計を日々の馬の管理に使うことにより、あなたの馬をより良く知ることができるようになります。馬の一般的な健康状態を高め、トレーニングと日々の管理ができるようになります。

 

 6 試合の時に役に立つ

 

 あなたの馬が、訓練や試合にどのように適応しているか、さらなる情報を得る事により、試合のときの判断に役立ちます。

 

14 まとめ

 

 最後に、みなさんがこのエンデュランスという競技で成功をおさめたければ、まず最初により良きホースマン、ホースウーマンになることが何よりも大切です。

 

 エンデュランスにおいてゴールを切ることは、スタートラインに立つことよりたいしたことではないかもしれません。我々にとって、スタートラインにつくまでが大事なのです。あなたが十分な準備を整えることで、あなたとあなたの馬は報われることでしょう。
 ここで改めて、皆様にお話しできましたことに感謝の言葉を述べたいと思います。また記念すべき第一回の全日本大会に参加できますことを非常に嬉しく思います。
 皆さん頑張ってください。ご成功を祈ります!

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